西暦 | 和暦 | 年齢 | |
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1941 | (昭和16) | 0 | 4月17日:長崎県諫早市に生まれる。父・一郎は旧海軍大村航空隊の教官。俳人としても有名で俳号は青火、俳句誌「矢車」を主宰した文化人でもあった。 |
1947 | (昭和22) | 6 | 市立諫早小学校入学 |
1951 | (昭和26) | 10 | 母を肺結核で亡くす |
1953 | (昭和28) | 12 | 私立鎮西学院中学校入学 |
1955 | (昭和30) | 14 | 諫早教会(プロテスタント)で洗礼を授かる |
1956 | (昭和31) | 15 | 長崎県立諫早高校入学 |
1959 | (昭和34) | 18 | 日本大学藝術学部映画学科入学。在学中からコント番組など執筆 |
1965 | (昭和40) | 24 | 卒業後、はかま満男氏に師事 |
1966 | (昭和41) | 25 | 『快獣ブースカ』第4話「ブースカ月へ行く」で脚本家デビュー |
1967 | (昭和42) | 26 | 『快獣ブースカ』45話「魔法の帽子」(自作)に風船屋でカメオ出演 |
1969 | (昭和44) | 28 | 『マキちゃん日記』で女優・柴田美保子さんと出会う |
1972 | (昭和47) | 31 | 女優・柴田美保子さんと結婚 |
1974 | (昭和49) | 33 | 『傷だらけの天使』メインライターに |
〃 | 東京都町田市に一戸建ての家を購入 | ||
〃 | 夫婦で初めてヨーロッパへ海外旅行 | ||
1975 | (昭和50) | 34 | 『冬の時刻表』、『紙コップのコーヒー』で民間放送連盟優秀賞 |
1978 | (昭和53) | 37 | 大河ドラマ『黄金の日日』執筆 |
1979 | (昭和54) | 38 | 戯曲『黄金の日日』で大谷竹次郎賞 |
〃 | 『露玉の首飾り』、『春のささやき』で民間放送連盟優秀賞 | ||
1981 | (昭和56) | 40 | 『港町純情シネマ』、『チャップリン暗殺計画』で芸術選奨文部大臣賞新人賞 |
〃 | 『蝶の鼓』で民間放送連盟最優秀賞 | ||
1982 | (昭和57) | 41 | 『淋しいのはお前だけじゃない』で第一回向田邦子賞 |
〃 | 『十二年間の嘘 乳と蜜の流れる地よ』で芸術祭優秀賞 | ||
1983 | (昭和58) | 42 | 「市川森一センチメンタルドラマ集」(映人社)出版 |
〃 | 『夢の島』で芸術祭優秀賞 | ||
1984 | (昭和59) | 43 | 父・一郎、逝去 |
1985 | (昭和60) | 44 | 長崎「旅」博覧会プロデューサー |
〃 | 『夢の指環』で民間放送連盟賞優秀賞 | ||
1986 | (昭和61) | 45 | 「市川森一メランコリックドラマ集」(映人社)出版 |
1987 | (昭和62) | 46 | 『ダイヤモンドのふる街』、『君にささげる歌』で民間放送連盟優秀賞 |
1988 | (昭和63) | 47 | 『明日1945年8月8日・長崎』『もどり橋』『伝言』で芸術選奨文部大臣賞 |
〃 | 『明日1945年8月8日・長崎』でモンテカルロ特別賞 | ||
1989 | (平成 1) | 48 | 『異人たちとの夏』で日本アカデミー賞最優秀脚本賞 |
1990 | (平成 2) | 49 | ドラマ『燃えよ剣』(長坂秀佳脚本)に「松平容保」役で出演 |
1993 | (平成 5) | 52 | 情報番組「ザ・ワイド」(日本テレビ系)にコメンテーターとして出演(~2007) |
〃 | 「市川森一ノスタルジックドラマ集」(映人社)出版 | ||
1999 | (平成11) | 58 | 『幽婚』でモンテカルロ・テレビ祭最優秀脚本賞 |
2000 | (平成12) | 59 | 日本放送作家協会理事長に就任(~2010年 5期10年務める) |
2001 | (平成13) | 60 | 『長崎ぶらぶら節』で日本アカデミー賞優秀脚本賞 |
〃 | 7月:諫早市立諫早図書館名誉館長(~2011年12月) | ||
〃 | 「テレフォン人生相談」(ニッポン放送)パーソナリティ(~2012年1月) | ||
2003 | (平成15) | 62 | 1月:足立区THEATRE1010(シアターセンジュ)館長に就任 |
〃 | 3月:国会・総務委員会にて脚本・台本の管理、保存、体系化などについて証言 | ||
〃 | 紫綬褒章 | ||
〃 | 『風の盆から』でNHK放送文化賞 | ||
〃 | 『風の盆から』で第28回ブルガリア・ゴールデンチェスト国際テレビ祭最優秀脚本賞 | ||
2004 | (平成16) | 63 | 日本放送作家協会内に日本脚本アーカイブズ特別委員会を設置し、活動の中心となる |
2005 | (平成17) | 64 | 長崎歴史文化博物館名誉館長 |
〃 | 東京フィルムセンタースクールオブアート専門学校名誉学校長(~2011年12月) | ||
2006 | (平成18) | 65 | 東アジア放送作家カンファレンス(現アジアドラマカンファレンス)創設者の一人として貢献 |
2008 | (平成20) | 67 | 長崎県立大学学歌 作詞 |
2010 | (平成22) | 69 | 日本放送作家協会会長に就任 |
〃 | 映画『日本のいちばん長い夏』に村上兵衛役で出演 | ||
2011 | (平成23) | 70 | 旭日小綬章、中部日本放送 小嶋賞、長崎県 県民栄誉賞 |
〃 | 12月10日朝、肺癌のため永眠。享年70歳 |
市川森一の足跡