もう市川さんはいない

コンソーシアム代表理事 山田太一

市川森一脚本のほぼ全集に近いサイトである。こんなことはテレビドラマの世界でもはじめてのことで、それに価する作家であったことがこれで証明されるだろう。

市川さんは、晩年の数年を費して、テレビドラマの脚本を、ある時代の価値観で選別することなく、出来るだけすべてを保存しようという活動の中心にいらした。

ある時代に注目されなかった作品が、後年になって、その秘めた志に多くの人が気がつくということもあるし、放送時には平凡なデテールが時を経てその時代を豊かに語る資料として輝くということも決して少くない。同業の誰の作をも軽んずることなく、すべてを重んじようという意志は他の誰でもなく、市川さんにこそふさわしいものだったと、亡くなったことを改めて惜しんでいる。多くの人たちの賛同で、その実現にようやく一歩前へ踏み出したいま、そのアーカイブの最初の公開の試みが、市川作品に焦点を当てることであるのは、あとに残された私たちの当然の総意であり敬意である。

山田太一メランコリックで、ノスタルジックで、センチメンタルと自作を要約した作家は、同時代を生きて来た、他のどの作家とも似ない、独自の世界を築いた人だった。

楽しんでいただきたい。ただ、作品は多量で、研究者でもなければすべてを読むことは難しいかもしれない。

しかし、こうして折角全貌を知る機会を得たのだから、二、三作に接して「あ、こういう作家ね」と見当をつけないで欲しい。ひとが気がつかなかった、思いがけない名作を発見する喜びも手にして欲しい。

改めて、この場に市川さんがいないことが残念である。きっと喜んでくれているとは思うけれどーー。